sanmeimaster’s blog

自分を知ること。それが人生を楽しむ第一歩♫

夢から醒めなければならない時が来た

夢から醒めなければならない時が来た

本当に2024年は何という年なのでしょうか。 能登地震から始まって三日連続の災害、そんな中で久しぶりの大谷選手の結婚の明るいニュースに沸いた矢先、水原一平さんの違法賭博と借金事件。 一夜にして青天の霹靂でした。 陰と陽。光と闇。純と濁。大きなスポットライトの裏側には深くて濃い影の存在があるのがこの世。 それらが全て白日の元に晒されてしまう現代の社会。 改めて私たちはどう生きるべきか、考えさせられる出来事でした。

SNSの普及が引き起こす弊害

私も日本に住んでいる1国民ですから、この国が現在包まれている空気感は誰よりも知っています。 今回の水原さんが引き起こした事件は、日本国中の人がショックを受けています。 特に大谷選手のファンではなくても、がっかりさせられた、特に自分達の生活には関係が無い人なのにショックが拭えない、これから先の処遇が気になって仕方ない。 かくいう私自身も、大谷選手や水原さんの鑑定動画を出したことがある身ですから、残念極まりない思いです。

そしてこの、「自分ごとのように感じるショックと怒り」こそが現代人がハマりやすいトラップでは無いかということを改めて痛感させられたのです。

ひと昔前でしたら、有名な野球選手や芸能人のスキャンダルは、雲の上の世界での出来事でした。 びっくりしたり興味津々ではあっても、別世界での出来事だとすんなり思えたものです。 そういった一種の線引きが容易だったはずです。

しかし、SNSの普及で、知らない世界までもが身近に感じられるようになりました。個人が発信力を持つことで、あることないことでも簡単に情報を操作できてしまいます。 まさに情報の氾濫で、手がつけられない状況です。 そしてひとたび炎上してしまうと、もう命取りです。 一度ついたイメージを払拭することは、ほぼ不可能となってしまいます。

大谷選手も松本人志さんも、やったかやってないかという事実よりも。 もう活動することができないかもしれないほどのダメージを受けました。 武器やミサイルが無くても、人1人の人生を抹消してしまうことは簡単なこと。誹謗中傷に苦しんで命を絶つ方も少なくありません。 私たちが縋っている情報とは、このような恐ろしい一面を覗かせます。

今回の事件の本当のショックとは

お金にガツガツしない ストイックなまでの自律した生活リズム 未来の子供達へのお手本となる振る舞い 自らゴミを拾い周囲への感謝の念。 野球(仕事)に対する真摯な姿勢 主役を支える脇役やチームスタッフの犠牲的精神の美しさ

これらは日本の国民性の根っこにある特徴でもあり、美学であると信じられてきた特徴でもあり。 大谷&水原コンビは、その美学の正しさを体現してくれているような存在でした。 その精神の純粋性に、世界中が賞賛をして持ち上げました。

そうだ私たちは間違っていない。 閉塞感漂う日本の中で、大谷選手の活躍は希望の星でしたし、輝いている彼に乗っかっていい夢を見たい、そんな隠れた願望が日本人にはあったはずです。

しかし今回の事件は、見事にこの純粋性が裏目に出ました。 お金に無頓着すぎたからこそ、起きたこの事件。 まさに、信じられないようなありえないことが起きたわけです。 子供すぎて罪になる。そんな馬鹿なと、誰もが目を覆いたくなる事件です。

私たち日本人が長く美徳として信じてきたものはもう間違いなのかもしれない。。。 日本人のアインデンティティをざわつかせる事件であると思います。

戦争に負けて全てを失った後に、先人達が心血注いで発展させてきた日本国は、今や飽食時代を超えて、何の信念も持たない覇気のない間抜けなお人好しの国に変わり果ててしまったこと。 お金をばら撒きながらも、世界から全く尊敬も相手にもされていない小国娯楽に骨抜きにされてしまった国、私たちは本当は虐げられてきたのでは? そんな現実を、否応なしに私たちに突きつけられている出来事に思えました。

認めたくない現実を認めざるを得ない。 今回の事件の本当の傷は、この部分にあると私は感じています。

まとめ

私が昔お世話になった女社長さんは、このように言っておられました。 「大人である以上、幼いとか世間知らずとか未熟であることは罪なことです」と。 当時何となく理解したこの言葉が、今とても痛く沁みます。

純だけでも生きられない、濁だけでも生きられない 一人一人が自分で立つ

強いヒーローが私たちを気持ち良くしてくれる。 笑わせてくれる、楽しませてくれる。 これはもう幻想であること。 今私たち日本人が自分の人生をどう生きるか?本気で考えて取り組めと。 私たち自身が、自分を幸せにしていかなければならない。 そう突きつけられているメッセージだと思いました。

季節の変わり目、運気の変わり目をどう過ごすか

季節の変わり目、運気の変わり目をどう過ごすか



立春から早1か月半が経過しました。今日は春分の日です。
暦の上ではもう春になっているのですが、「季節の変わり目」を人間が最も体感するのはちょうど今頃の季節ですよね。
鼻がムズムズ、目が痛い、肌が乾燥する、何か漠然とした焦燥感あり・・
人間も宇宙エネルギーを内包している存在ですが、本来の自然の時間の流れとはちょっと遅れて変化を体感する気がします。

季節の変わり目は、気候や環境の変化に伴い、私たちの身体や心に影響を与える重要な時期です。季節が移り変わる際には、注意が必要なポイントがありますが、冬から春に移行する時が最も変化が激しいと思います。
芽吹きの時期は要注意とよく言われていますが、人間も自然の一部の存在ですから、心身が不安定となり翻弄されやすいのは当然と言えば当然なことなのでしょう。


2024年が激変期である理由


さて、算命学ではこの季節の変わり目と似た言葉で、「接運」というものがあります。
運気にも変わり目というものが存在するのですが、この時期はいわゆる不安定な空気感が漂います。
例えば赤色と青色の絵具を筆で混ぜ混ぜすると、マーブル模様ができますよね。
このマーブル模様の時期が「接運」と考えると分かりやすいと思います。
いずれ混ぜ混ぜが進むと完全に紫色に変化しますので、ここで完全に新旧の切り替わりが完了します。

ここで注目したいのが、それぞれの色が持つ特徴です。
例えば、黒と茶色を混ぜても色の変化は大したことありませんが、白と黒のように両極の色を混ぜると、色の変化が顕著になるものです。
それと同様に、終わりゆく運気と始まる運気、それぞれ特徴の差が激しい時、最も気を付けなければなりません。

このことから、算命学的に見ても2024年の運気は、かなり激しい変化を予感させるものです。

まず1つが、甲木の年であること。十干は甲から始まって癸で終わりますが、今年は癸から甲に変化する年でした。
昨年の癸卯→甲辰という切り替わりですから、また1に戻るという意味では、新しい何かがスタートする空気感となります。
2つ目が、甲辰は、近代国家である日本の日干支と律音であること。
律音とは「新たなスタート」を示す意味がありますから、新旧が入り混じった混沌を味わう意味合いも含まれます。
このように、年運の巡りでも新たなスタート、日本国としても新たなスタートという風に、もう躊躇なく新しい時代に変わっていく年だよ、と示していることが分かります。
※参考記事 癸卯→甲辰、日本国ってどんな国?


変わり目期の過ごし方


季節の変わり目も運気の変わり目も、重要なのは調和の意識だと私は考えます。
ところで、天中殺や接運って「受け身の姿勢」を強調されがちなのですが、この受け身という言葉は、ただでさえ受け身の性質を持つ日本人を更に委縮させかねないといつも私は危惧しています。
例えるなら、相手方の強烈なアタックを顔面で受け止めなければいけないという恐怖や痛みを連想させる言葉だと思います。

それよりは、強烈なアタック来たら逃げようとか(笑)誰かにレシーブ任せようとか。そんな風に、自然な流れをもっと信じてみる、環境と調和させていくイメージ。
これらは全て自発的な意識と行動ですけれども、かえってその方がラクに激動期は乗り切れると思うのです。

言葉ひとつでこんなにもイメージが変わる日本語は本当に難解な言語なのですが(笑)
この難解な言語を操る我々日本人は、白にも黒にも傾かない「曖昧さ」を抱え込むことができる大きな度量を持つ国民性だと思います。
抱え込むことができるからこそ、悩むこともできますし、微妙なニュアンスの違いを感じ取って切り替える能力の高さもあるわけです。
私たち日本人は本当に素晴らしい!そう声を大にして言いたい気持ちです(笑)

ちょっと話が逸れてしまいましたが。
日本は4月から年度が替わる国ですから、卒業、入学、進級、進学、新社会人などなど、全ての活動の切り替えがギュッとこの季節に集中しています。
子育て中の方は特に、毎年毎年この季節は疲弊しきっている方も多いのではないでしょうか。
私自身もその一人なのですが、春は何も行事が無くてもスカッとしないことが多いものです。
なぜ心身共に疲れやすいこの時期に全ての行事を凝縮させるのだろうと謎が多いのですが、五行説から見ても、四季の移ろいを感じやすい国だからこそ、敢えて春を全ての始まりに設定したのかなとも思えます。

さて、現在はただでさえ変化が激しいこの季節ですから、この時代の激動期にもやもやと不安を抱えてしまうのは無理もありません。
約束をたくさん作らないこと、自分をなるべく縛らないことが一番大切です。
これから来るべき新しい運気に自分自身を少しずつ調和させていけば良い!と言い聞かせて、ゆったりと過ごすことを心掛けましょう。


まとめ


春先は、体調や精神的な面での注意が必要な時期です。
私がこの時期に最もお勧めするのが、ベッドファブリックの入れ替えです。
特にシーツ、まくらカバー、パジャマを一新して、パリッとした感触を体に覚えさせます。
それだけでも、気持ちがリフレッシュされるものです。
そして、就寝前のちょっとしたストレッチ。寝転がって手足を天井に向けてぶらぶらさせるだけでも硬さが
ほぐれて入眠しやすくなります。
心身がすぐれない人ほどこの効果は絶大ですから、ぜひ試してみてくださいね。

人類のロマンと宇宙のロマン

人類のロマンと宇宙のロマン



前回、前編と後編の2回に分けて、占いの上手な活用方法をお伝えしました。
世間では、様々な占いがあります。
霊視、タロット、手相、オーラなどなど。
もはやエンタメにもなっている世界ですが、古代から星を観測したり神のお告げを頂いたり、見えない世界だからこそのロマンって魅力的ですよね。
人間ってどうしても神秘性を追い求めていく生き物なんだと思います。

しかし見えないものを見る力、これは本来人間には備わっている力だと言われています。文明が発達して便利で豊かになりましたが、それと引き換えに見えないものを見る力は遠く忘れ去ってしまっている、と言われています。

そして個人的には、占いの世界って調舒星の世界観かなと思っています。
未来的な影響力を受けて生じる力。それが調舒星。
調舒星は芸術の星とも言われていますが、未来予知や推測など、古くからごく普通に使われている占いの世界観としては、この星が1番しっくりくるなあと思います。
算命学好きな皆さんはどう思われるでしょうか(^ ^)


人間観察から時代の空気を読む


宇宙エネルギーを見ながら人間観察をする


どちらも大切な要素ですが、算命学はどちらかといえば人間観察が主体の部類の学問だなとつくづく思います。

皮膚一枚を隔てて、肉体の中に宇宙のエネルギーが宿り生命が誕生すること。
地球という惑星に生を受け、肉体はいずれ滅びて終わる。
生年月日が司どる宇宙エネルギーの神秘、そのエネルギーを人間を通して読み解くのが算命学ですが、人間という生き物は千差万別。
100人人間がいたら、100通りの生き方がありますから、ここが非常に興味深く楽しい研究の醍醐味があります。

人間って愚かで醜いところはありますが、だからこそ愛おしく尊い
この肉体は限りがあると分かっていながらも、懸命に生きる健気さと哀しさ。
私はやっぱり、人間を深く考察できる算命学がとても好きです。

そして人はどこから生まれてどこへ還るのか?という永遠の謎。
諸説は飛び交っておりますが、もしかしたら近い将来、それを科学的に証明できる時代が来るかもしれませんね。
果たして本当に輪廻転生はあるのか?ちなみに算命学は、輪廻転生はありとしている学問です。

日本人の感覚として、輪廻転生はなんとなくある気がする。。。
でもこの目で見ないと納得できない!!
そう思うものですよね笑
こんな風に、私たちはつい肉眼に頼ってしまいがちになりますが、でもきっと人間の肉体は、私たちが想像するよりはるかにすごいことができる能力があると思うんです。

五感を研ぎ澄ませれば、何か回答が出てくるかもしれません。
純粋にひたすら知りたい、と思っていれば答えって閃かせてくれること時々ありますよね。
これを通常の呼吸をするかのように取り入れることができるなら楽なのに。。。と私はいつも思ってしまいます笑

例えばこのブログ1つとっても。
こういう事を書きたいんだと願っていても、言語化って本当に難しくて。
私が書きたい言葉を、スッと勝手に指が動くわー状態にしてくれないかといつも願っているわけなのです笑

しかし毎回、こうしてあーだこーだ考えている自分、この気持ちをどうやって文字に載せようと煩悶しているたった今。
いわゆる、必死の状態です笑
この状態こそが、五感が研ぎ澄まされている時。
その状態の時、私の問いに、答えをインスピレーションとして降ろしてくれるのかもしれない、ということに気づきました。
なぜなら、このように最終的にはキーボードを叩くことができている現実がありますから。
いやはや、人間ってもはや何に動かされているのか分からない生き物ですね笑

今目の前に必死になっている状態。
それってどんな時かな?とよくよく振り返ってみますと、日常でも思い当たることがたくさんあります。

私は書くと決めたのだから書く!そうしてパソコンに向かって指を動かしている時。
5分間の鬼のような腹筋トレーニングで、痛さに悶絶している時。
意を決して歯医者に行く時。
家族が帰ってくる直前に、10分でで夕飯を作っている時。笑
夢中になって漫画を読んでボロボロ泣いたり笑ったりしている時

こういう時に、人は宇宙と繋がっているのかもしれません。
肉体の内側の宇宙と外側の宇宙が繋がる時。
ここに、創造の神が降りてきてくれる、そんなイメージが浮かびました。

または、根拠は無いけど確信がある時。
こういう場合も、頭ではなく宇宙からのメッセージかもしれません笑

生きているってしんどい!でも面白い!
楽しんだりがっかりしたり、でもそれが生きているということ。
ちっぽけな自分だけど、必ず包まれている大きなエネルギーの存在があります。
人間が持つロマン、広大な宇宙が持つロマン、両方みんな備わってこの世に生きているということ。
私たちは一人じゃない、いろんな存在を日々感じながら過ごしていきましょう。

算命学や占いの上手な付き合い方 (後編)

算命学や占いの上手な付き合い方(後編)

前編はこちら>>

●感情と自分の宿命は別問題だと受け入れることから始める

算命学は、自分の宿命を命式表という形で算出して自分の人生行程を見える化できます。 その上で、自分はどのような命式を持っていて、宿命があるのか知ることができます。 そしてその知るという行為は、なんの感情もなくただ受け入れる、という状態につなげていくことが大切です。

自分にとって嫌な格に入っているとか。そういうものがあるとしても、過去のあれもこれもこの格のせいだったかもしれない、という気づきも得られます。 そうか!あれは自分がおかしいということではなく、半分宿命のせいか! と思えば、心が軽くなる状況も生まれるでしょう。 その上で、今後はこの経験をどう活かして生きていけばいいかな? この視点こそが最も重要なのです。 宿命を知って受け入れて活かす。 ここまで来れば、もう人生の勝利者への道は間違いありません。

●心と宿命、統合された時に幸福感に包まれる

自分の宿命を受け入れるということは、自分がこの世に存在していることへの喜びと愛に包まれた状態です。 卑下も万能もないフラットな状態。自分にも他人にも素直になれている時という言い方が分かりやすいかもしれません。 それが、心身が統一した状態。 そしてその統一した状態が、いわゆる「今をど真ん中で生きている人」ということです。

今をど真ん中に生きている人は、もう算命学を学ぶ必要も無いと言えるかもしれませんね。 しかし私の経験上、そういう達観された方々こそ、自らの力だけで生きてきたわけではないということをご存知のように見えます。 自分は運が良かった、そう仰る方が本当に多いのです。 つまり、目に見えない力が働いていること、気という存在を無意識に察知していらっしゃるということです。 そして達観されている方々は、誰しもわたしたちと同じ苦しみや辛さも十分経験し尽くした上で、自らの力を信じて挑戦し続けてきた過去が あります。

対冲が来たから壊れる、半会が来たから広がる、そういう位相法が宿命を受け入れて心身が統一している人の方が、ずっと正しく楽しく戦略として使うことができます。

人間にはエゴや感情が入りますから、見たいように見て聞きたいように聞く生き物です。 もちろん、自分なりの解釈や感情通りで生きているのは全く良いのですが。もしあなたが改善や改良、いわゆる何かを良くしたいという願望や戦略があるならば、エゴや感情は排除して考える必要が出てきます。 そうでなければ、前進も融合も分離も正しく活かすことができません。

●算命学や占いが本当に活きる使い方とは

そして、周囲にたくさんの人が寄ってきて頼りにされている立場の方は自分の思い通りに事を進めて良いものか、常に迷いが生じやすいのも 事実です。

そういう方々こそ、今の自分の状態をフラットに知ることができる算命学を活用していただきたいのです。 多くの方の人生を背負っている責任がありますから、中々にシビアな選択を迫られることが多いものです。 自分今、気が大きくなりすぎてるのではないか?反対に弱気になってるように感じる、等々、運気を使って客観的に知ることができます。

例えば、歴代の首相が算命学を活用してきた、というのは有名なお話です。 どんな権力を持った人間でも、生身の一人の人間に過ぎません。 強い顔もあれば弱い顔もあるのが普通です。 そんな時に、信頼できる占い師や鑑定士に観てもらう、あるいは自分で観れるようになっておくことが、とても心の安らぎになるのです。 大きいなものを背負って生きる人の、荷を軽くする役割があります。

歴代の首相といったスケールの大きなお話をしてしまいましたが、算命学は私たち普通の人間でも同様に活用することができます。 家族という小さな集団でも、全く同じことが言えるのです。 例えばあなたが母親ならば、家族の健やかな営みに大きな影響を及ぼしますし、実際家族の要は母親という家が多いものです。

●終わりに

算命学や占いは、とても頼りになるツール。 一方で、選択を自分ではなく他人任せにさせてしまう一面があること。 それを知った上で、上手に活用していきましょう。 ここまでのラインは他人に決めてもらう方がラクになる!そう自分が心から思えるならば、信頼できる占い師さんや鑑定士さんに相談 してみてください。 きっと、違う新たな視点が見つかって、突破口が見つかります。

自分の人生のことは自分が決めて進んでいく! そんな意志を持ちましょう!

算命学や占いの上手な付き合い方 (前編)

算命学や占いの上手な付き合い方(前編)



私は算命学の鑑定士でもあり講師という立場です。
その私の口から、算命学とか占いばっかり頼ってちゃダメよとお伝えすることは本当に皮肉なことなのですけれども笑
私は幸せになるために算命学を学んで使って欲しい人間ですから、ここは占いの弊害もきちんとお伝えしなければいけないと常々思っておりました。
今回は鑑定や占いといった類との上手な付き合い方について、お伝えしていきたいと思います。長くなりますので、前編と後編に分けてお送りします。


●算命学や占いの長所と短所


私は長年算命学を研究しているので本当に驚くのですが、算命学って確度がとても高くて、いわゆる当たる占いだなと思っています。
これほど明解に一人の人間を、肉体構成の見地から性格志向に至るまで分析できる占いってそうそうありません。
算命学すごい!となってしまうのですが、その点においては私も全く異論はありません。本当に算命学は面白い学問です笑

しかしそのあまりに確度が高い、という点に落とし穴があるのです。
一切の情を排して鑑定するのが算命学ですから、人の心情にまではお構いなし、というところがあるのです。

そのため、算命学で観た結果私はこれをやっちゃ駄目なんだ、とか。
かえって元気が無くなってしまったりショックを受けてしまったり。
そして結果を認めたくないあまりに、次から次へと納得できる答えを探して彷徨う、堂々巡りになってしまう。そういう方が多いのもまた事実です。

つまり、算命学が全ての基準になってしまいがちになる、という点。
確かに人の主体性をも脅かすほどの威力がありますから、その点だけが要注意なのです。


●算命学や占いを正しく使うには?


まず1番お伝えしたいことが、算命学や占いを使う目的をハッキリとさせておくことが大切です。

例をお伝えします。
現在、会社の人間関係の悩みにぶつかっている人がいるとします。
しかし改善したい!そう願っている人です。
そしてここからが重要です。
それは、自分自身で改善していく意思があるか、無いか。

この一点がとても重要なんです。

自分の意思で変えていきたいんだ!と思う方ならば。
厳しいアドバイスも、自分の弱点もありのまま受け入れて、理性的に改善策を実行していこうと思えます。
しかしながら、自分は何も変えたくない。

もしそう考えている方でしたら、算命学でいくら改善策を講じても自らは変えない意志を持っていますから、周囲との関係性は膠着状態が続くでしょう。

周りがもっと変わってほしいという考え方で、算命学や占いに頼っているのはあまり良い頼り方とは言えないでしょう。

しかしそうそう強い人間ばかりではありませんから、自分の不満やネガティブな感情を内から外へ出すことはとても重要です。
自分の悩みを聴いてもらうことも時には大事ですから、相性の良い占い師さんに聴いてもらえればスッキリと軽くなる効果はあります。
そしてまた元気を出して自分の生活に戻る。

占いとしてそういう使い方ももちろん良いのですが、もう一歩先の視点を入れられるのが算命学の強みなのです。

さて、ここから私どう生きる?
この視点を持って、初めて状況が変わり始めます。いわゆる自分軸を持てる考え方を持つこと。
ここまでの視点を持てたならば、その占いは上手に活用できていると言えますね笑


●占いと算命学の違い


あらゆる占いを渡り歩いた占いジプシーは、最終的に算命学に落ち着くと言われています。
私自身も結構占いは好きですが、やっぱり算命学が1番納得できました。
その理由としては、私という人間を知った上で、この力を活かすには?

という視点をすんなりハッキリ持つことができたからです。
つまり、人生って自分次第でいくらでも操縦可能じゃん!という気持ちになることができたのです。
算命学が、軍略や人材戦略として重用されたのも、それ所以です。

この人物はこの点が優れている、ということを加味して適材適所に人材を配置することができます。
そういう意味では、いかに優れた能力を持っていても、運の悪い人は登用しないという無情の判断もできますけどね笑

あまりに無情すぎる!とも思えますが、しかし人間にはそれぞれが輝く立ち位置というものが必ずあります。
どんな人間も、幸福に生きられる道は必ずあります。
身近な例え話をするなら、出世するのが必ずしも幸せとは限りません。
そう捉えて、どんな無念な状況だとしても決して人生の自分軸は離さない、新たな道を歩む、そんな意識が大切です。

現代の幸福の価値観は大変多様になってきています。
現代の傾向としては、自分らしく生きる。それが1番の幸福ひと昔前は、良い大学を出て大企業に勤めて高い給料をもらうのが勝ち組というのが風潮として長くありました。

しかし現代の若者の価値観は、大きく変化を遂げています。
今の若者は、お金よりも、snsのいいねやフォロワーが多い方が幸福感を得られるのです。
無理して勉強詰め込んで何になる?そう考える若者が増えていて、それは日本経済の衰退も原因の1つですが、大きな時代の流れとして避けられない変化であると捉える方が自然でしょう。

この変化こそが、物質社会から精神社会へシフトチェンジしていく現象そのものを表しているのです。

自分らしく生きる。ではその自分らしさって?この問いこそが、人生の真理を現しているように思います。
自分らしさを知る、そのヒントが、算命学にはたくさん詰まっています。
算命学を使って、人生を幸福に生きよう、と私がお伝えしているのはその点です。

(後編へ続きます)

二極化が進む激動の時代。今なぜ算命学的な思考が役に立つのか

二極化が進む激動の時代。今なぜ算命学的な思考が役に立つのか



今こそ算命学的思考が役立つ理由


算命学は基本的に、陰陽五行論と相生相剋論で成立している学問です。
算命学を隅から隅まで理解するのはとても難しいことなのですが、ものすごく乱暴に簡単に言ってしまえば。。。。
陰陽相生相剋の本質的な意味合いって、いわゆる二極そのものなんです。

陰陽とは、男が居たら女が居る、表があれば裏もある、光があれば闇もある生があれば死もある、プラスがあればマイナスもある、etc。。。
この世は全てそれで成立している、と断じている学問なのです。
(あの世も肯定していますが、今回の焦点はこの世に絞りますね。)

このように、表と裏、白と黒、両方二極を知った上で中庸に生きること。
それが算命学の根幹的な思想であり提唱でもあります。
算命学の思想が、人生哲学そのものでもある理由です。

人はそれぞれ宿命というものがあり、それに沿って生きることが無理もなく中庸を目指しやすいこと。
そもそも「中庸に生きる」ことを人生の美としている学問です。

それでは、現代の二極とは何を示しているのか、そういった考察や客観的な思考を養うのに、無情の学問と言われる算命学がうってつけ
だということです。


巷でよく言われている「二極化」とは


現在、二極化、次元の上昇などが叫ばれています。
巨大な粉ふるい器が登場して、人間をふるいにかけていくような怖いイメージがありますよね笑
確かに怖い側面もありますが、直接的に命を脅かすものでは本来決してありません。

よくよく考えてみますと。
貴族の平安時代から武士の鎌倉時代に移行する時だって。
江戸幕府が崩壊して明治維新に向かう時だって。
いつだってこういった「二極化」を経て、ある種の統合発展を迎えてそしてまた二極化へ進み分離していく。
その姿形が違うだけで、人類はいつだってその営みを繰り返してきていることに気づかないでしょうか?

学校で1192作ろう鎌倉幕府、っていう感じで歴史を学んでいる時には全く気づかなかったこの事実(笑)
歴史は繰り返すという真意は、破壊と再生を繰り返すことで進化を続けてきた人類の営みそのものを示すこと。
改めて壮大なストーリーを生きる今、息が詰まるほどの感動を覚えてしまいます。

今の時代は、再生への移行期そのもの、いわゆる激動の分離時代です。
昨今の多すぎる災害やコロナウイルスなどの問題が、その現象に拍車をかけました。事実、コロナ前とコロナ後、たった3年足らずで
常識と非常識がひっくり返りましたよね。
そういう新しい社会に人間が順応していくためには、まず始めに今まで当たり前のようにくっついてきたもの、セットになってきた
ことを、分離させるエネルギーの動きが加速し始めます。

ではこの分離エネルギーってどこから来るのか?
実はこれって、天から降ってきたものでもなんでもなく、わたしたち人間が作り出した想念のエネルギーだと思うのです。

例えばですが、どうしてこの習慣が当たり前なんだろう?
このシステムってなんで存在するの?この行事の必要性ってどこに?
なんで女が社会進出すると苦労ばっかり?などなど。
そういう膨れ上がった「違和感」こそが、時代を変えていくエネルギーとなって少しずつカオスが生じてくる。
このエネルギーが大きく大きくなって、違和感が拭いきれない程の現象が起きて、やっと改善と進化が進んでいく。
そういう側面があると思うのです。


今の時代は、戦国時代のようなもの


このように、破壊と再生はセットであること。
これまで築いてきた社会、これこそが本物で万全であると信じられてきたこと、大衆が信じてきたものが音を立てて崩れてきています。
わかりやすく、芸能界も揺れています。
どんどん過去の悪事などが暴露されて、ホワイト社会化した中で対応できない芸能人も増えてくるでしょう。

人間の本質的なところが、炙り出されてしまう時代に入っています。
隠し事などできない時代です。
過去に大きな成功を積み上げてきた人こそ、その落差が垣間見えたりする、ある種厳しい時代が到来しています。

そして、ホワイト社会が必ずしも素晴らしいわけではなく。
他の色や黒や闇を一切受け付けない、がんじがらめに統制された社会はどうなっていくのか。
それこそ、息苦しさと脆弱性しか残りませんから、生物としての人間は本当に弱く弱くなって滅んでいくと予想できます。
しかし人間だってそうそうバカではないはず。
そうならないために、様々な工夫や試み、新たな色を入れて統合しながら、また社会や時代を築いていくのです。


二極を知る上で選択することができる自由な時代


かつて、正しいことを唱えてきた人物が、弾圧され罪を着せられる時代がありました。(日本は表立ってはありませんが、諸外国ではまだ普通にあるでしょう)
日本だって、政府に反対するものは投獄処刑された時代がありました。
酷い第二次世界大戦終戦からまだ100年も経っていないのです。

今では当たり前になった地動説を唱えたコペルニクスも、圧倒的な権力を持つカトリック教会から異端児扱いされました。
やがて地動説は、コペルニクスの死後に徐々に科学者達によって立証されていくわけですが。。

いつの時代も、大きな時代の変化には必ずある種の犠牲のような象徴的存在があります。
絶対的、当たり前の価値観に異議を唱える人物によって、人間社会は進化を遂げて発展してきました。
酷い側面もあるのですが、それが紛れもない歴史の事実です。
そして時代の移行期は、武力の方が目立ちますが、移行を促す直接的なエネルギーは、人間の想念や思想に他なりません。

今はSNSの発展で、こんな一個人でも発信できる力を持てるようになりました。一方でその弊害もあるのも事実です。
使い方によっては薬にも毒にもなる、しかしどちらを選択するかは自らの選択した意思によって決まります。情報の真意を知ることが大切なのはそれ所以です。


ブログの終わりに


先日、芦原妃名子先生の命式を使って鑑定レッスンをさせていただきました。
正直なところ、渦中の故人を鑑定させていただくことや、有名人を取り上げることは大変勇気が必要なことです。
非難やモラルを唱える方々も多いことでしょう。

しかし哀しいかな、人間というものはこれほどの事件やショッキングなことが起こらないと変わらない、気づかない生き物です。
今回のことは、先生が有名人だからこそ大変な騒ぎになっていますが。
しかしこれまでの歴史で、同様な目にあって潰されてきた話題にも上がらない多くのクリエイターが存在します。
それらの方々は、有名人では無いからスルーで良いのでしょうか?
それはおかしいと思うのです。

ゼロから全てを創造するクリエイターの立場がこれほど軽んじられている現実を変えていく声を上げることこそが、今の明るみになった時代で必要なアクションではないでしょうか。
今回のような悲劇を2度と繰り返さないために、私たち一般大衆ができることは、おかしいと思うことはおかしいと発信していく力です。
衝突を恐れるばかりでは、進化はあり得ません。

算命学は、人間をフラットに考察します。
どっちが良い悪いも断じません。こういう特徴を持った人だからこその悲劇性を生んでしまった側面もあります。
そう断じるのが無情の学問と言われる所以ですが、自分の中にぶれない信念を持つことが、今の激動期を振り回されずに、心を病まずに、
強く生き抜く秘訣だと思っています。

私は、そんな風に算命学と向き合っています。
鑑定レッスンはいつも全力で取り組んでいます。算命学に興味がある方はどうぞ創喜塾ホームページまでお越し下さい。
現在期間限定で、私の鑑定レッスンが15分間無料公開されています。
ぜひご覧ください。


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AIと共存していく時代、私達人間が心がけるべきことは?

AIと共存していく時代、私達人間が心がけるべきことは?

コロナウイルス流行も後押ししたと思いますが、急速にAI化が進んでいる現代社会です。 ファミレスでも回転寿司でも、お手伝いロボットが迎えてくれますよね。 なんとなく親しみがあって愛嬌まで感じてしまいますが、ファミレスの配膳で進路を妨げられてエラー音が鳴り続けるロボットを目の当たりにすると、やっぱりロボットは人間の補助的役割が良いよねとも思います笑

先日、朝のテレビで驚くニュースを見ました。 これからインドネシアので大統領選挙が行われるそうですが。 色々な人物が大統領候補として演説をしている動画が拡散されていますが、とある候補者が勝利宣言をしている動画が流されたそうです。 しかしなんと、この人物は現在刑務所に収監されているそうで、大統領選挙に立候補することなどできない状況です。 それなのに、勝手に候補となり勝利宣言までしている。。。。 一体どういうことなのか?信じられない光景です。

もう1つ別の事件があり。 インドネシアでは、イスラム教徒が大半です。 その背景から、アラビア語を話せる人は無条件に尊敬されるそうです。 そこに目をつけた人がその風潮を悪用し、大統領選に利用しました。 とある人物の演説風景をそのままアラビア語のAI音声に変換し、あたかもアラビア語で演説している風に見せかけました。 その風景を見た聴衆は、この人物はアラビア語が堪能である、とても有能な人物に違いない、と解釈して好感を持ちます。

別の国では、とある候補者が別の候補者を称える動画が拡散されましたが、それは本人では無く、AI音声で作った偽物であったそうです。 これらはコントのような笑い話ではなく、AIを悪用してなりすまして人々を混乱させた実際に起こっている事件です。

AI化が進んでくると対策を強化しなければならない点

①データバイアス: AIは大量のデータを学習するため、そのデータに偏りがある場合、それがAIの判断にも影響を与える可能性があります。 AIも、たくさんの情報を吸収しながら学習して成長していきます。ということは、AIにどんな情報を与えていくかが非常に大きな課題になってきます。 偏った情報だけを入れ続けていったら。。。AIがどんな判断を示していくのかちょっと恐ろしいですよね。

②プライバシーとセキュリティ: AIは個人の情報を扱うことがありますが、その情報が不正にアクセスされたり、悪用されるリスクもあります。 先にお話しした大統領選挙でも、勝手に自分の画像を悪用されて、全く違う内容にすり替えた演説動画にしてしまうことも可能です。

③作業の自動化と雇用への影響: AIの導入により、一部の作業が自動化されることで、それに関わる人々の雇用に影響を及ぼす可能性があります。 人間の労働力が楽になるのは素晴らしいですが、分かりやすく、人間の仕事がAIに取られてしまう現象ですね。

④倫理的な問題: AIが人間の判断や意思決定を置き換える場合、倫理的な問題が浮上することがあります。たとえば、自動運転車の場合、事故が起きた際どうするのか?誰の責任問題として処理するのか、などなどの問題があります。

私たち人間がAIと共存して上手くいくやっていくためには

私達がAIの原理や仕組みをよく理解すること、セキュリティやプライバシー倫理的な考慮をするということは本当に大切なことですが。 溢れて押し寄せてくる情報を、いちいち選別していくのも本当に大変なことで追いつかないことの方が多いでしょう。

そうなってくると、私達が常に心がけなければいけないことはただ1つ。

「ネットで流れている情報をそのまま鵜呑みにしない。そしてそれをそのまま拡散しない」

これに尽きるのではないかと思います。 仮に悪気は無くても、信じ込んで流した情報が嘘だった場合。 間接的に加害者になってしまう恐れもあるからです。

もっともらしく流れてくる映像、情報、そのまま鵜呑みにせずに、まずは一旦落ち着いて自分で考えてみる。 算命学でいうところの、貫索星の世界ですね! 貫索星を働かせて、今一度警戒して眺めてみる。

今見ている映像は、本物なのか? 今聴いている声は、本当の人間なのか? 今聞いている内容は、本当に人間が作り出したものなのか?

誰から来る情報なのか。この情報の真意はどこにあるのか。 それを認識して判断するのは、自分自身の選択と意志にかかってきます。 本当にめんどくさい厄介な時代です。

信じるか信じないかは、あなた次第。。。。 決して都市伝説ではありません笑